まちづくり

江戸川区「鹿本」の地名の由来

以前、松本橋と春江橋の修繕の記事(「江戸川区新中川 松本橋架け替え」と「新中川 春江橋架替工事事業」)を書いていますが、他に現在、江戸川区の新中川に架かる鹿本橋の修繕の課題があります。この鹿本橋の修繕については、「江戸川区橋梁等長寿命化修繕計画」(令和3年4月更新令和4年3月追記)で「車道橋は引き続き長寿命化を図りながら人道橋化し、歩道橋は撤去する方針とする。・・・・・令和 7 年度の事業完了を目指す。」とされています。そこで、この鹿本橋の「鹿本」の名称の由来について気になりました。鹿本の地名は、鹿本橋の名称以外には、江戸川区立鹿本小学校、江戸川区立鹿本中学校などにその名をとどめているだけで、地名としては消滅していますが、この「鹿本」の名称の由来について調べてみることにします。

まず、江戸川区の公式文献を見てみると、『江戸川区史 区内歴史散歩・年表(第三巻)』1095頁では、以下の通りの説明がなされていました。

「鹿本  鹿本村は、明治22年市政町村制施行のとき、上一色、本一色、興宮、松本、鹿骨の5ヵ村が合併して誕生したものである。」「この地域は、区内でも古くからひらけた方で、応永5年(1398)の『葛西御厨注文』にすでに鹿骨、一色、松本の3地名があげられている。」

ここでは、鹿本村が誕生した経緯は示されているのですが、この「鹿本」の地名の由来については記載されていませんでした。そこでインターネットでウィキペディアを見てみると、文献の引用はないのですが、村名の由来は旧村名の「鹿」骨、松「本」、「本」一色の文字をとって名付けられたことが記載されています。

「鹿本」の地名のもとは、鹿骨、松本、本一色の一文字をとって決めたものということです。以前、「鹿骨」の地名の由来「松本」の地名の由来、そして、「本一色」の地名の由来について調べたことがありますので、これらの地名の関心のある方は、これらのブログ記事をみていただければと思います。(筆者金井たかしのプロフィール

「金井たかし 江戸川区の政策研究」(金井たかし公式HP) (東京都江戸川区)

弁護士 金井高志(金井たかし)

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(江戸川区在住 弁護士 武蔵野大学[江東区]法学部・大学院教授)

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